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貿易と通関の今昔~繊維商社アパレル貿易の舞台裏 18

2011年のホーチミンへ長期出張した商社マンとバイクが行き交う街の風景

こんにちは。

前回の記事では、2011年頃、筆者がベトナムのアパレル工場へ長期出張していた頃の仕事や生活について書かせていただきました。

月の約3週間をベトナムで過ごし、日本へ戻るのは約1週間。

駐在員ではありません。あくまでも「長期出張」という立場で、ベトナムと日本を毎月のように往復していました。

工場では、日本人は筆者一人ということも多かったのですが、一方で、当時の会社にはホーチミン事務所があり、日本人の先輩もいました。

何かあれば相談できる人がいる。

一人で出張していても、一人で仕事をしているわけではありません。

この点は、海外で長期間仕事をする上で、とても心強かったように思います。

さて、そんな生活を長く続けていると、工場の中だけではなく、ホーチミンという街のいろいろな姿も見えてきます。

もちろん、仕事以外でもいろいろなことが起こります。

今回は、繊維貿易やアパレルの生産管理から少し離れて、ベトナムへ長期出張していた商社マンが、2011年頃のホーチミンで実際に見たこと、経験したことを振り返ってみたいと思います。

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バイクの街、2011年のホーチミン

2011年のホーチミンで商社マンが長期出張中に見たバイクや街の暮らしを紹介するインフォグラフィック

2011年頃のホーチミンを思い出した時、真っ先に頭に浮かぶものの一つが、街を走る大量のバイクです。

その後、ホーチミンの街も大きく変わりましたが、2011年頃の筆者の感覚では、

「車より、圧倒的にバイクが多い」

という印象でした。

特に朝夕の通勤時間になると、道路いっぱいにバイクが連なります。

そのバイクの波の中を、筆者を乗せた車が工場へ向かって走っていました。

毎日見ていると慣れてくるのですが、最初の頃は、

「よくこれでぶつからないな……」

と思いながら車の中から眺めていたものです。

サイドミラーのない車が多かった?

そんなホーチミンで、筆者が不思議に思ったことがあります。

サイドミラーが壊れたまま走っている車を、よく見かけたことです。

なぜだろう?

現地の人に聞いてみると、バイクが車のすぐ横をすり抜ける時に接触して、サイドミラーが壊れてしまうことがあるとのことでした。

そして、せっかく修理しても、またぶつけられて壊れてしまう。

そのため、そのままにしている車もあったようです。

これはあくまで2011年頃、筆者がホーチミンで見聞きした話ですが、当時のバイクの多さを象徴する光景として、今でもよく覚えています。

また、バイクの動きにも最初はなかなか慣れませんでした。

ある時、筆者が乗っていた車の前へ、一台のバイクがかなり強引なタイミングで入ってきました。

ドライバーがうまく避けてくれたので何事もありませんでしたが、思わず筆者が、

「危なかった……」

と言うと、ドライバーがこんなことを言いました。

「バイクは鳥と一緒。自分が行きたい方向へ飛んでいく。だから、人間が避けるしかないんだ」

もちろん冗談半分だったのでしょう。

それでも、妙に納得してしまいました。

あれから長い年月が経ちましたが、この言葉は今でも覚えています。

週末の夜、家族でバイクに乗る人々

そして、バイクについてもう一つ印象に残っているのが、週末の夜です。

当時のホーチミンでは、一台のバイクに家族で乗っている姿をよく見かけました。

3人乗りだけではありません。

4人、時には5人ほどの家族が一台のバイクに乗っている姿を見かけることもありました。

特に土曜日の夜になると、そうした家族連れをよく見た記憶があります。

現地の人からは、家族で夜の街へ出かけたり、涼みながら走ったりするのだと聞いたことがあります。本当のところは分かりませんが、筆者には何とも楽しそうに見えました。

平日は工場とホテルを往復しているだけでは、なかなか気づきません。

しかし、長く滞在していると、週末の街を歩いたり、食事に出かけたりする中で、そこに暮らしている人たちの日常が少しずつ見えてきます。

これも、短期間の出張とは少し違う、長期出張ならではの経験だったと思います。

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長期出張中、携帯電話を3回盗まれる

さて、ここまでは比較的のどかな話でしたが、長期出張をしていれば、良いことばかりではありません。

筆者がホーチミンで経験した出来事の中で、今でも忘れられないものがあります。

携帯電話を盗まれたことです。

しかも、一度ではありません。

半年ほどの間に、3回です。

今振り返っても、

「さすがに3回は多いだろう……」

と思います。

海外出張そのものは、それ以前から何度も経験していました。

中国をはじめ、タイ、ミャンマー、バングラデシュなどにも出張していましたが、それまで携帯電話を盗まれた経験はありませんでした。

そのため、どこかに油断があったのだと思います。

1回目|夜のランニング中

1回目は、夜のホーチミンをランニングしていた時でした。

道が分からなくなり、道路沿いで立ち止まって携帯電話の地図を確認していました。

地図と周囲の建物を見比べていると、バイクがゆっくり近づいてきます。

そして次の瞬間、手に持っていた携帯電話を取られ、そのまま走り去ってしまいました。

本当に一瞬です。

夜で人通りも少なく、しかも道路側で携帯電話を手に持っていた。

今考えれば、かなり油断していました。

「これは自分にも原因があったな」

と反省しました。

そこで、それ以降は外で携帯電話を使う時には注意するようになりました。

ところが、それから約1か月後。

またやられます。

2回目|警戒していたはずなのに

2回目は、歩きながら電話をしていた時でした。

もちろん、一度盗まれているので警戒しています。

車道からなるべく離れて歩く。

そして、携帯電話も車道とは反対側の耳に当てる。

自分としては、

「これなら大丈夫だろう」

と思っていました。

ところが、電話で話しているうちに、どうしても会話へ意識が集中していきます。

しばらくすると、後ろの方からクラクションの音が聞こえてきました。

電話が聞き取りにくくなり、

「うるさいな」

と思って振り返った、その瞬間です。

目の前にバイクが現れ、耳に当てていた携帯電話を取って、そのまま走り去っていきました。

筆者は、ただバイクの後ろ姿を見送るだけ。

完敗です。

一度目の経験から、それなりに対策したつもりでした。

しかし、相手の方が一枚も二枚も上手でした。

3回目|ホテルのすぐ近くで

さすがに2回盗まれると、筆者もかなり慎重になります。

外では携帯電話をほとんど出さない。

基本的にはポケットやバッグに入れておき、どうしても確認する必要がある時は、立ち止まって周囲を確認してから見る。

そこまで警戒するようになりました。

それでも、3回目が起きます。

2回目から数か月後、取引先との食事を終え、一人でホテルへ歩いて戻っていた時でした。

ホテルまでは、あと50メートルほど。

二人乗りのバイクが近づいてきて、声をかけられました。

そのうちの一人がバイクから降り、突然こちらへ近づいてきます。

筆者も驚いて、すぐに距離を取ろうとしました。

時間にすれば、ほんの数秒だったと思います。

二人がバイクで立ち去った後、

「何だったんだ?」

と思いながら、ふとポケットを確認しました。

携帯電話がありません。

その時になって、ようやく気づきました。

最初から携帯電話を狙って近づき、筆者の注意をそらしていたのでしょう。

完全にやられました。

3回盗まれて、ようやく気づいたこと

1回目は、自分が油断していた。

2回目は、警戒していたつもりだった。

そして3回目は、かなり警戒していた。

それでも盗まれました。

金銭的な損失ももちろん痛かったのですが、それ以上に、

「また同じことをやってしまった……」

という心理的な敗北感の方が大きかったように思います。

今振り返ると、当時はスマートフォンが普及し始めた頃でした。

筆者自身、当時のスマートフォンが小さく持ち運びやすく、しかも高価だったことも、狙われた理由の一つだったのではないかと思っています。

とはいえ、半年ほどの間に3回。

やはり、筆者自身の危機管理にも問題があったのでしょう。 この記事を書きながら、改めて反省しています。

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一人で出張していても、一人で仕事をしているわけではない

ところで、携帯電話を盗まれるたびに、筆者はホーチミン事務所の先輩へ報告していました。

1回目。

「携帯電話を盗まれました」

2回目。

「また盗まれました」

そして3回目。

「……また盗まれました」

さすがに3回目になると、先輩も呆れていたように記憶しています。

しかし、会社としては、それで終わりではありませんでした。

当時の会社には、海外へ出張する社員向けに、各国・各都市の注意情報などを共有する社内の情報ページがありました。

筆者が経験したことも共有され、ホーチミンでは携帯電話の盗難に注意するよう、出張者向けの情報として掲載されることになりました。

自分の失敗談が社内の注意情報になるのですから、本人としては少々複雑な気分です。

ただ、今になって考えると、これは海外に拠点を持つ商社ならではの仕組みだったのかもしれません。

誰かが現地で経験したことを、次に出張する人へ伝える。

そして、何か起きれば現地事務所へ相談する。

前回の記事でも書いたように、筆者はベトナムの工場では日本人一人で仕事をすることが多くありました。

しかし、一人で出張していても、一人で仕事をしていたわけではありません。

ホーチミン事務所があり、現地に先輩がいて、日本の会社ともつながっている。

海外で長期間仕事をする上では、こうした会社の支えがあることも大きかったと思います。

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海外出張を続けていると、マイルが貯まる

2011年、ホーチミン・日本・上海を行き来した商社マンの長期出張を示すインフォグラフィック

最後は、少し明るい話で終わりましょう。

ベトナムへの長期出張で良かったことの一つ。

とにかく、マイルが貯まりました。

前回の記事でも書いた通り、筆者は駐在ではなく長期出張という立場でした。

そのため、月に一度はホーチミンから日本へ戻ります。

さらに、当時担当していたSPAの事務所が上海にあったため、ホーチミンから上海へ出張することも頻繁にありました。

こうしたアパレルの量産・生産管理の現場で使われる専門用語については、こちらの記事で詳しく紹介しています。

アパレル貿易の量産・生産管理で使われる専門用語

つまり、

ホーチミンから日本へ。

日本から上海へ。

そして、またホーチミンへ。

そんな出張を繰り返していました。

時には、夜にホーチミンを出発して翌朝日本へ到着し、そのまま乗り継いで上海へ向かうこともありました。

今考えると、

「よくそんな移動をしていたな」

と思います。

しかし、当時はそれが仕事でした。

当然ながら、飛行機に乗る回数が増えれば、マイルもどんどん貯まります。

やがて航空会社の上級会員となり、空港ラウンジを利用できたり、座席のアップグレードを受けたりする機会も増えていきました。

海外出張の多い商社マンならではの、ちょっとした恩恵です。

日本、ベトナム、中国を行き来する日々

もちろん、マイルを貯めるために出張していたわけではありません。

工場へ行く。

日本へ戻る。

上海へ行く。

またホーチミンへ戻る。

そうやって国境を越えて動き回っていた結果として、気がつけばマイルが貯まっていた、というだけの話です。

それでも、長い移動や慌ただしい出張が続く中では、こうした小さな楽しみも悪くありませんでした。

振り返ってみれば、工場で生産進捗を確認していた時間も、ホテルで過ごした日曜日も、ホーチミンの街を歩いたことも、そして飛行機で日本・ベトナム・中国を行き来したことも、すべて当時の筆者にとっては日常でした。

こうした繊維商社の営業・貿易・生産管理という仕事の全体像については、別の記事でも詳しく紹介しています。

繊維商社の営業・貿易・生産管理という仕事の全体像

今回は2回にわたって、2011年頃のベトナム長期出張について書かせていただきました。

繊維貿易そのものからは少し離れた話も多くなりましたが、これもまた、当時の商社マンとしての仕事と暮らしの一部だったのだと思います。

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それでは、今回はここまでとさせていただきます。

また次の記事でお会いしましょう。

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① 前編
「貿易と通関の今昔~繊維商社アパレル貿易の舞台裏17|商社マン、ベトナムの生産現場へ」

② シリーズ全体を知る
繊維商社の仕事とは?貿易・生産管理・営業の全体像を完全解説

③ 実務をさらに知る
アパレル貿易業界の専門用語大全:量産・生産管理編

◇製作協力
株式会社JJコーポレーション 吉田修さん

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